【会社員→会社員】旅する前と変わらない生き方を|山東淳一

33歳から夫婦で世界一周。若い旅人も多いなか、少し遅めの旅立ちを決意した山東淳一さん。
「旅をして変わったことはなにもありません」1年間9ヶ月、70カ国に渡る旅を経てそう答える山東さんのぶれない思いについて伺いました。

山東淳一さん
1980年生まれ、神奈川在住。33歳までMRとして働き、退職をして夫婦で世界一周へ。1年9ヶ月70カ国を旅を経て、帰国後は再び同じ職種のサラリーマンに。現在は奥さんと2016年に生まれたお子さんと3人暮らし。
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思いがけないタイミングで退職、夫婦で世界一周の旅へ

ーまずは、旅に出るまでどのようなことをされていたのでしょうか。

山東淳一さん(以下:山東):旅に出る前は、ずっとMR(医薬情報担当者)の仕事をしていたんです。旅に出たのは33歳のときでしたが、帰国後もそれまで勤務していたMR職に戻るつもりでした。旅に出る前から”35歳”という転職先の選択肢が狭くなる前に帰ってこようと思っていましたね。

ーなるほど!年齢を考えて、計画的に旅行をしたのですね!

山東:いや、実は思いがけないタイミングで会社を退職することになって…。

ーなにが起きたのですか?

山東:チームを任せてもらえたり、大口先を担当させてもらえたり…とキャリアとしては本当に順調で、仕事も楽しくなってきたところだったのですが、自分の中でとても大きな出来事が起きてしまって。問題を解決するために手は尽くしたのですが、結果的に最後まで自分が抱いている信念と会社の考えに折り合いがつかず、悔しい思いをしました。

そのときにある人との約束で1年後に会社を辞める決意をしたんです。条件は「後向きに辞めるのではなく、前向きに辞めること」でした。

ーそれがきっかけで旅に出ようと…?

山東:その出来事があった翌月に「どんな理由で会社をやめようか?」と思いながらラオスへ1人旅に行ったんです。そこで世界一周中の人と出会って、「あ〜そうだ!自分も旅をしたかったんだ!」と、20歳の頃に旅することを諦めていた自分を思い出すことができたんです。就職や結婚のタイミングで忘れていた夢を思い出して、「仕事をやめたら、長期で旅をしよう!」と、思えたのがきっかけですね。

山東:まるで誰かに「やりたいこと諦めちゃダメだ」と言われているような気がして。ラオスから帰国して奥さんに「世界一周に行きたい!」と話したら「ついにきたか…」と言われて、驚かれることなく同意してもらいました(笑)。きっと、その出来事が無ければずっと会社員だったと思います。

ー奥さんはもう気づいていたということ…?奥さんも旅好きだったのでしょうか?

山東:付き合っていた頃から、いつか旅に出たいと話をしていたみたいです。それに奥さんは全く旅に興味がなくて、この旅ではじめてバックパックを背負ったくらい。

今でもドミトリーには二度と泊まりたくないと言っていますよ(笑)。せめてバックパックではなく転がせるバッグにしてあげればよかったと反省しています。

ーそもそも20歳の頃に、旅に興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか。

山東:沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読んで、なにかを成し遂げたいと思ったのがきっかけです。それから当時、レンタルビデオ店でバイトをしていたのですが、『地雷を踏んだらサヨウナラ』という映画のキャッチコピーも印象的でした。「あなたは本当に自分の人生を生きているのか?」というのコピーを見て、なにかを成し遂げる自分を追い求めていましたね。

そんな自分らしく他人に自慢できるような、”成し遂げたいこと”が見つからない焦りを感じているときに、出てきた答えが「旅」だったんです。

山東:若いときに思い描いていたやりたいとことを実現できる人ってごくわずかだと思うんです。そのときは行動につながらなかったけれど、その想いが10年という時間を経て、フッと目の前に現れました。

ー若い頃に行けなかった旅へ、奥さんと一緒に行けたのですね!素敵です。どのくらいの期間旅をしていたのですか?

山東:2013年9月、33歳のときに旅に出て、2015年3月に奥さんと一緒に帰国しました。帰国後、夫婦で行くことができなかった国々を3ヶ月かけて一人旅をしたので、旅の通算期間は1年9ヶ月、周った国は70カ国ですね。

 

旅をして変わったことは「全くありません」

ー旅に行って変わったことはなにかありましたか?

山東:何もないと言ったらおかしいかもしれないけれど、全く変わらないですね。強いて言うなら、「人生37年間楽しんだからいつ死んでもいい」と思えるようになったことでしょうか。

ー「全く変わらない」と言い切れる人は逆に少ない気がします。

山東:たしかに…。年齢もあるかもしれないですね。30歳を超えてから旅をする人には、あまり変化がない人も多いんじゃないかな。奥さんも全然変わらないし、夫婦関係も特に変わった感じもないですね。

ーでは、旅に行ってこれはよかった!と思えることはありますか?

山東:「人生で成し遂げた」と言えるものが得られたことだと思います。今までの人生で、勉強もスポーツも仕事も死ぬほど頑張ってきたわけじゃないし、「今までどんなことをしてきたの?」って問われても答えられなかったのですが、今ならその質問に「旅」と答えられますね。

ー旅の前から帰国後の仕事を意識されていたようですが、なぜ旅前と同じ業種の会社員になることを選んだのでしょうか?

山東:そこそこお金がもらえて、しっかり休みがとれて、自由にやらせてもらえるので、MRをもう一度しようと思いましたね。本当は、やりたいことでお金を稼げればいいな…!と思っていたけれど、現実的に考えたときに、これでは家族を養えないと思って。

それに会社員って責任があるようで、実はあまり責任がないのかな…とも思うんです。それはやるべき業務に対してはもちろん責任があるけど、経営に対しては責任はないという意味です。

僕の場合、好きなことを仕事にしながら、経営もするとなると、好きなことも好きではなくなってしまうような気がしているんです。これは、今の仕事を選んだ自分に対して言い聞かせている言い訳でもありますけどね(笑)。

山東:旅を通じて、お金が無くても幸せは得られると実感したけれど、日本で子どもを育てて生活していくのはお金がかかるし、お金がある方が幸せを得やすいのでは?と思っています。月曜日から金曜日までしっかり仕事をして、土日をどれだけ楽しめるかが大切だと思って割りきれているので、今の仕事をしていて辛いとは思ったことは不思議とないですね。

ーいずれ、自分の好きなことを仕事にしたいなど、心残りはありませんか?

山東:ないですね。大学時代も就職をしてからも挑戦しようと思えばいくらでもチャンスはあったと思うんですが、やれなかったのも事実です。

たまに田舎暮らしのテレビ番組を見ていいな〜こんなところで宿をやりながらのんびり暮らしたいな〜と思うことはありますけどね(笑)。本気でやろうと思えばなんとかできたと思うのですが、そこまで動けなかったってことはその程度の気持ちだったのだと思います。

 

起業しなくても大きな夢がなくても、旅していい

ー旅から帰ってきてどうやって今の仕事を見つけたのでしょうか。スムーズに就職先は決まりましたか?

山東:もう少しスムーズに決まると思っていたのですが、現実はそう簡単ではなかったです。実家暮らしの2ヶ月間のニート生活はさすがに焦りました(笑)。

最初は同業者の知り合いに紹介してもらおうと思いましたが、なかなかうまく進まず、最終的には帰国した2ヶ月後にMRの人材に特化している転職エージェントを利用して仕事を見つけました。会社には将来性を求めていないし、将来のことを深く考えないタイプなので、転職も肩書が変わるぐらいの感覚でしたね。

ー面接をしたときに旅している期間が不利に感じたりしましたか?この期間についてどのように説明をしたのでしょうか?

山東:履歴書の空白期間は旅をしていたと正直に言いましたね。 面接官は苦笑いでした。「旅行中に得たことは?」としつこく聞かれたこともありましたが、「無いものは無い」と答えていました(笑)。書類審査で落ちた会社もありましたが、入社を決めた業種では面接を受けた全ての会社で内定をいただけたので、そこまで不利な印象は感じませんでしたね。

奥さんは今、子どもが生まれたばかりなので、主婦をしていますが、薬剤師の資格を持っているので、落ち着いたらまた働くと思います。

ー帰国後の次のステップが不安で旅に出ることを悩んでいる人もいると思うのですが、これから旅をする人にアドバイスはありますか?

山東旅の前後であまり生活を変えるつもりがない人は、30歳前後で旅に出たほうがいいと思っています。

ーん…それはなぜですか?

山東:社会人経験が5年以下だと転職する時にそれまでの経験が生かせない場合もあると思うので、7〜8年社会人経験を積んで旅に出るのがいいかと思います。

社会人経験も浅くて、将来やりたいことがわからない人は帰国後の選択肢を選ぶのが難しくなるのでは?とも思いますね。『深夜特急』の著者である沢木耕太郎さんは26歳で旅に出ろと言っていますが、その年齢では若すぎると思います。

それに、旅でのブランクがネガティブな要素になっても、どこでも能力を発揮できるキャリアがあれば、就職先を選びやすくなると思うんです。今の生活に満足できなくて、これからの人生を変えたいと強く思っている人は若くして旅をしたほうがいいと思うけど、旅をきっかけに人生を変えようと思っていない人は、旅に出るタイミングを一度ゆっくり考えたほうがいいと思いますね。

ーう〜ん、なるほど!

山東:経験があれば、例えブランクがあったとしても自信を持って就職先を選べますからね。私も以前のキャリアがあったから自身を持って就職先を選べましたから。

旅人って自分で起業したい人が多いと思っていたけれど、現実的な考え方をしている人が多くいたのが印象的でしたね。帰ったら元の職種に戻る人や、資格を取ってから旅をしている人もたくさんいるので、僕のように起業しなくても、大きな夢がなくても旅していいんだよと伝えたいですね。

山東:今、例えば本屋に行っても、世界一周を礼賛するような書籍が溢れています。旅に出よう!自分が変わる!生き方まで変わる!みたいな。それは成功者をピックアップしているだけで、長期旅行者が全てそうなのか?ということに違和感を感じてしまいます。

だから、【Traveled,】のコンセプトである旅行後のリアルな生活を発信するということにものすごく共感しました。今回、【会社員→会社員】という立場からインタビューを受けさせて頂きましたが、同じように「旅をしたいけど…旅後も普通の日常に戻れるのかな?」と不安を抱えている方に「できるよ」と背中を押すことができれば嬉しく思います。

それに旅を通じて大きな変化があったわけではないけれど、旅に出て後悔したことはなにもないです。何かを変えなければならないなんてことはないし、特別なこともしなくていい。会社員を続けながら“リアルな大人の夏休み”を取ろう!と、そのぐらいの気持ちできっと充分なんです。

僕らは、夫婦で旅ができて本当によかったと思っています。

 

取材日 2017年3月
編集 石川たえこ

 編集後記

「旅する人は、なにかを変えたい人」だと、いつの間にか思い込んでいました。「旅をして変わったことは全くありません」そう笑顔で話す山東さんの姿に、私の旅の概念はあっさり塗り替えられました。旅をする理由も旅の概念も人それぞれ。凝り固まった頭の力を少し抜いてみれば、旅はどんな姿にでも変わります。こうして旅を終えた人の話を聞くほどに、不思議と旅に惹きつけられ、旅の魅力を再発見しているような気がしています。

石川 景規
1987年生まれ、東京在住(2017年8月より長野へ)。大学卒業後、地方銀行に5年勤務。結婚した半年後、2015年1月から500日かけて世界一周の旅へ。2016年5月末に帰国し、2017年8月から長野県上伊那飯島町で町の農産物の販路拡大と、古民家リノベーションのプロジェクトをスタートする。

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